(最初に書いておくけれど、私はThe Caretakerの音楽、すげー好き。それを踏まえて以下を読んでほしい)
個人的に今年の映画の中で一番楽しみにしていた『バックルームズ』を先日みた。みれてうれしい。2ヶ月くらい前から試写でみたとか業界人がSNSで興奮していてすげーウザかったからさ、やっとみれて本当にうれしいよ。ありがとう、時間。経ってくれて。
アメリカですげーヒットしてるこの映画、すげーヒットしてていいよね。『オブセッション』もそうだけど、YouTube出身の作家が大活躍で新時代って感じ。日本だと『kouichitv』のコウイチが映画作ってたりしてたけど、あれどうなったんだろ。みてないからわかんないな。
『バックルームズ』は、まあなんかそこそこ面白い映画だったからそれはいいんだけど、やっぱり考えちゃうのは、もはや映画は明らかに後手に回ってるジャンル・業界なんだなってこと。YouTube出身の作家がヒット作を生み出すとか以前に、『バックルームズ』という映画はここ20年くらい"コンピューターゲーム"が積み重ねてきた文脈で成立していて、ゲームをいろいろ遊んでいれば、あーわかるわかる楽しいね、って反応になるしかないのに、何かちょっと大騒ぎしすぎじゃない?騒ぐとしたら、そういう作品がアメリカでバカウケしてる事に騒ぐべきだけれど、何かズレてる。この映画がゲームだってことは、先日の『カルチャーお白洲』(@someruが運営するシラスの配信チャンネル)で解説されてるので、そっちをまず紹介するね。これを見れば、もうバッチリですのよ。
「本日公開!リミナルスペースだ!A24だ!流行りものだ!『バックルームズ』ですよ」
https://shirasu.io/t/someru/c/someru/p/20260904184438
でさ、『バックルームズ』の劇伴でもちょっと使用されているThe Caretakerってミュージシャンの楽曲にやたらと反応して、これ!The Caretakerじゃん!!!って言及してる人たちが結構目立ってさ、個人的にそんな驚くことですか、それ、とか思ってる。まあたしかに、劇中で裏側の世界(バックルームズの世界)にいく入り口を青いマスキングテープで囲う表現は、かなりそのまんま『Everywhere At The End Of Time - Stage 6』のジャケではあるけどさ、まあその表現も監督がYouTubeで発表してる短編で登場するものだし、「Liminal Space」だとか「Backrooms」だとかYouTubeで検索すると、ずいぶん前からThe Caretakerを使ったそれ系の動画をいろんな人が作って動画がゴロゴロ出てくるわけで、初見さん・・・?って印象。

https://www.discogs.com/release/13354374-The-Caretaker-Everywhere-At-The-End-Of-Time-Stage-6

https://www.youtube.com/watch?v=sA5PxGHqpTo&t=16s
アルツハイマーをテーマに音楽作っちゃったりなThe Caretakerとかいうちょっとインテリっぽいミュージシャンは知っていて、リミナルスペース周りの流行とかを全く知らないって、それアンテナ偏りすぎているんだから、自慢げに語らないで欲しいよ。というか、リミナルスペース周りの流行は、Steamでゲームを遊んでいたら、ざっくり理解できるものだし、なんならYouTubeやらでゲーム実況を見ているだけでもいいはずで[1]、本当にゲームに興味ないんだなって。
つまりさ、そういう人たちはThe Caretakerがやっている音楽が何なのかを分かってないってことじゃん。あれは『Fallout』シリーズが「レトロヒューチャー」的世界を描くことに用いた音楽表現の拡張だってことを、分かってない可能性があるよね。
ノスタルジーのトリガーとして昔の音楽をサンプリングし、そこに現代的な音響加工を多分に施した楽曲として考えれば、「フューチャーファンク」(懐メロをサイドチェインでモワモワさせて未来っぽくしたジャンル)と呼ばれるジャンルとThe Caretakerの音楽は親戚みたいなものなわけで、全部ヴェイパーウェイブのホニャララみたいに結局はなっていくのだけれど、その前段階として「レトロヒューチャー」表現が流行っていたことが抜け落ちてね?
『Fallout』シリーズは、2077年に核戦争が起こっちゃった地球を舞台に、ある時代で文化的な表層が固定されてしまったままテクノロジーが歪に発展したかのように、1950年代のアメリカ的モチーフで溢れる未来世界を描いてきたシリーズで、3作目の『Fallout3』(2008年)からはベセスダ・ソフトワーク[2]がシリーズを継承しオープンワールドゲーム化して大ヒットしたりと、説明不要の超人気シリーズなわけだけれど、とりあえずさ、『Fallout3』のオープニングムービーを見るべき。
え、なにこのゲームおもろそー。
なにが言いたいかというと、ここで使用されている1981年の『I Don't Want to Set the World on Fire』って曲にだんだんと深いリバーブ(お風呂の反響みたいな音の加工)がかかっていって不穏さを帯びていく演出は、The Caretakerの一連の楽曲群の基点にあるんじゃねーの、ってこと。
さっきの動画と比較してこれを聴いてみてほしい。
同じじゃんね。
『Fallout』シリーズは一作目から毎回こんな感じのオープニング映像なんだけれど、わかりやすいのはこれというか、リバーブがはっきりしてくるのはやっぱり『Fallout3』から。『Fallout3』が2008年で、The Caretakerの『An empty bliss beyond this World』が2011年なんだから、そらね、そうでしょ、もう。このゲームで遊べば、アメリカの古い音楽が荒野の中で遠くの方から不気味に響いて聴こえてきたりするんだから、分かるよ。
なんか懐かしいけれど未来的なイメージ、というものはヴェイパーウェイブが持つ要素のひとつなのは言うまでもないけれどさ、それはレトロヒューチャーでもあるじゃんか。『Fallout3』だけでなく、『BIOSHOCK』シリーズなど、2010年前後にレトロヒューチャーなゲームが流行っていたことを踏まえて、話していきたいわな。
それとさ、『バックルームズ』を見て思ったんだけれど、やっぱり『Portal』(2007年)って超重要なゲームすぎるよね。劇中で登場する「狂った人が描いたであろう壁一面の絵と文字」っていうイメージは、マジ『Portal』でしかない。っていうか、監督のYouTubeチャンネルには『Portal』の二次創作が公開されているのを発見。まじかよ。監督の年齢考えたら『Portal』が発売した頃って小学生だろ。でもまあ『Portal』は傑作中の傑作だから、そりゃ、遊びますよね、当然。
って感じで偉そうに書いてきましたが、私はここ最近『呪術廻戦』をずっと読んでいたわけですが、実は、ちゃんと読んでいなかったんですね、恥ずかしいことに。ほんと、恥ずかしいですねえ。ちゃんと読みました。おもれーでやんのこのマンガ。で、アニメもちゃんと見ました。ちゃんと見てなかったので。ぼんやり読んだり見たりしてたけど、ちゃんと読んだり見たりしました。アニメもおもれーでやんの(MAPPAの実写映画っぽい演出はやっぱり苦手だけれど)。
で、今、呪術脳っちゅー訳や。俺や。投射呪法っちゅー能力はなぁ、・・・あれは弱すぎてあかんわ。この文章はここで終わりや。




💬